自分の死と向き合えば答えは出る

人類・永遠のテーマ『死』

前回のブログで100年後がどうのこうの書いてたら、死について考え始めてしまいました。語られることが多いテーマですが、実際に死を体験した人から詳しい話を聞けないシステムなんですよ。よくできてますね。

どれだけ厳しい修行を積んだアラブの偉いお坊さんが死を語ったとしても想像の域を超えることはありません。だって死んでないもん。世界中探しても有識者はザ・タッチしか居ないと言われてます。

『死後の世界はある・輪廻転生する・現世で徳を積みなさい』様々な意見がありますけど、僕は完全無宗教派なので全く信じておりません。前世も来世も神も霊も魂も天国も地獄も風水も四柱推命も星占いもラッキーナンバーも縁起も細木数子も冝保愛子も目玉のおやじもMrマリックも一切信じておらずおそらく死ぬまでこの考えは変わりません。

宗教を自体を馬鹿にするつもりは微塵もなくて、むしろこの世には無くてはならない存在だと思います。救われる方も沢山いらっしゃるので、どんどん信仰して頂きたい。各々が自由に自分の考える・または教えの通りに死と向き合う。それでいいんです。

僕の考えは『死=無』この命が終わる時に全てが終わるでしょう。もちろん僕が居なくなっても世界は回り続けますが。それは僕にとって無です。無を覆すことはできません。どれだけの想いがあろうと死は全てを無に変えます。

どうせ無になるのなら死んだあとの事なんか関係ないですよね?家族が路頭に迷ってもどうせ自分には知る由もないし、僕が死んだら他の人間も地球も宇宙も一緒に消滅するのと一緒だから知ったこっちゃない。

ってならないのが人間であり、愛が存在している証拠。

だからまだ元気なうちに保険に入り、やるべき事は終わらせるべきです。自分がいつ死ぬかなんて分かりませんからね。明日事故って死ぬかもしれないし、急に重い病気にかかって意識が無くなるかもしれない。それこそコロナに感染して隔離され家族の顔を見る事ができないまま重体化。意識は無くなり気付けば焼却されていると。

そういう可能性が充分にあるわけです。明日の同じ時間に、息が出来てる保証は無いんです。そう考えればやる事は決まってきます。人生全力投球。1日1日を本気で突っ走る。二日酔いの日だけはお休みを許します。じゃないと死ねません。

あー、あれやり残したなぁ。もっと頑張れてたかもなぁ。1年前に戻れたら。10年前に戻れたら。生まれた瞬間まで戻れたら、もっと違う人生に出来るのに…そんな事を思いながら死にたくないんです。最後に笑って死にたい。その想いを形にできるのは、元気に動ける今だけなんです。

チャラ男『どうせ無になるんだから適当に生きればいいんじゃないすか~?』

その通り。そう考えてる人はそう生きるのがベストです。人の言う事に振り回され、自分に嘘をついて、無理して生きて、後悔しながら死ぬ。このパターンが一番のクソ人生です。本人が最後に『これで良かった』と思える人生にしてほしい。

100年後の今日・この場所で・誰が・何をしているのか?

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