【行け!稲中卓球部】紙上の奇跡・ギャグマンガ界に伝説を残した神への献上物

アフェリエイトは一切おこなっておりません

凄すぎる。下手に褒め称えるよりこの一言で終わらせるのがベストであろう奇跡の作品。あまりにハイレベルすぎて20数年経った今でも全く色褪せないんだから恐ろしすぎます。おそらくギャグ漫画界にこれ以上の風が吹く事はないでしょう。

これは悲しいかな、作者である古谷実さんですら2度とこの作品を越える作品を生む事ができない。それぐらい完成度が高い漫画でございます。

『ある中学の卓球部の日常(ぶっ飛んではいますが)』を描いているだけの話なんですが、1巻を読んだだけでその独特の世界観に引き込まれます。1人1人の個性を表現するのが本当に上手くて。設定でどうにか誤魔化している漫画ではなく、キャラが全てを引っ張っている漫画です。

まずは表情。シンプルな線で細かい描写、口の形、眉の上がり方、しわ、目線、デフォルメされているのにどこかリアルな独特のタッチ。一切の妥協がありません。

そして動き。どのアングルからも適格に描く身体の体勢、手の位置、指の開き方、バランス。止まっている絵に動きを持たせる技術。1コマの中に時間の流れを感じさせる緩急の使い分け。

最後にセリフと展開。完璧に描かれた表情と動きにマッチしたセリフ。予想を裏切る展開。そこにキャラそれぞれの思考が絡み合うという複雑な構成のストーリーからアウトプットされているのは『単純な笑い』だけです。

常人の成せる技じゃありません。

紙の上で起こってる奇跡。

ギャグマンガにありがちの『ビックリして目が飛び出す』『ぶん殴られて遠くに吹っ飛んでいくバイキンマンフェードアウト』などの現実離れした演出はほとんど無くリアルの中で描く美学を追求しています。

しかし、残念ながら悲劇は起こってしまう。

かたちあるもの、いつかは壊れる運命なのです。

 

下手に上手くなってしまった悲しい現実

稲中は漫画界あるあるの『連載中に絵がめっちゃ上手くなるタイプ』に当てはまります。絵柄はどんどん進化していき1巻と最終巻の絵のタッチは全くと言っていいほど違います。

普通、漫画という物は絵がうまくなるほど称賛されていきますが、この漫画に関しては真逆の事態が巻き起こります。絵のうまさが面白さを完っ全に消してしまっているのです。1900年代最大の悲劇と言っても過言ではありません。

古谷さんの心がキャラから離れてしまったのでしょうか。

8~9巻から徐々に絵がうまくなり、それに比例してストーリーの質、特にキャラの魅力が落ちていきます。11~12巻から古谷さんの理想とキャラの想いがすれ違い始め、最終巻なんか完全にアウトです。離婚したいのに一緒に暮らしてる夫婦を見てるみたい。

おそらく古谷さんは、もっと早く稲中を完結させたかったんじゃないのか?

最終話はみんなが卓球部に入部した当時の話でした。僕の知ってる当時の彼らではなく、中身の無い、心の無い、魂の無い、全く別の人たちが最終話を飾りました。

どの漫画・どの業界にも言えることですが、どうしても売れてしまうと『金のなる木』として扱われはじめ、自分の思い通りの物が作れなくなります。ビジネスなので仕方ない事なのですが、なんかちょっと悲しいですよね。

後半かなりの致命傷を負いましたが、それを考慮しても稲中は伝説の漫画です。古谷先生、楽しい時間をありがとうございました。

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